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岡太神社・大瀧神社

岡太神社・大瀧神社は福井県越前市大滝町に鎮座する「紙の神様」をお祀りする神社です。

古くから越前では和紙が産業の中心として栄えており

和紙発祥の地とも言われ「和紙のふるさと」と全国的に知られています。

その始まりが岡太神社・大瀧神社となっている。

現在では「奥の院(上宮)」と「下宮」があり、

下宮に二社が同じ神社としてまとめられ

奥の院にはそれぞれ別々の神社に祀られている二所一体の神社となっています。

下宮は、江戸時代後期に建てられたもので

拝殿と本殿が統合され重なり合う屋根や技ありの彫刻技術が見どころとなっている。

日本一複雑な構造を持つ神社建築として「国の重要文化財」に指定されています。

岡太神社

今から1500年ほど前の頃、

伝承によると、奈良時代に越前五箇という地区を流れていた岡太川の上流に

「川上御前」と呼ばれる女神がこの地に来て「紙漉き」の技術を伝えたとされています。

川上御前は紙漉きの技術を広め、地域の産業として定着させたことから、

紙祖神として岡太神社の御祭神として祀られました。

大瀧神社

推古天皇の御代(592~638年)に大伴連大瀧(おおとものむらじおおたき)が

神様の降臨を請う「勧請(かんじょう)」をおこなったことが起源とされています。

その後、養老3年(719年)に白山を開山した泰澄大師が大徳山を開山し

修験道の道場として「別当寺 大瀧寺」を建立しました。

大瀧寺は大瀧兒大権現と呼ばれ、この地の産土神として信仰されていた川上御前を守護神として迎え、

主祭神に国常立尊(くにとこたちのみこと)・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)をおまつりし、

十一面観音菩薩を本地とした神仏習合のお寺となります。

中世の頃に起こる「南北朝の動乱」や「織田信長の一向一揆討伐」といった出来事があり

戦火に巻き込まれるなどの被害を受けましたが無事再建を果たすことができました。

明治時代の神仏分離令によってお寺としての役割を捨てることとなり社名を「大瀧神社」と改めました。

 

この神社は、紙漉きの歴史や文化を感じることができる特別な場所であり、

和紙に関わる人々や観光客にとっての聖地となっています。

境内写真

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岡太神社・大瀧神社の評価
パワースポット
(4.0)
御朱印のデザイン
(4.0)
歴史の深さ
(4.0)
境内の雰囲気
(4.0)
アクセスのしやすさ
(4.0)
総合評価
(4.0)
所在地 福井県越前市大滝町13−1
御神体 権現山(大徳山)
創建

岡太神社:雄略天皇の御代(457〜479年)

大瀧神社:養老3年(719年)

本殿の様式

複合社殿(拝殿と本殿一体型)

拝殿:入母屋・向拝一唐破造・檜皮葺

本殿:大型一間社流造・檜皮葺

社格等

岡太神社:式内社

大瀧神社:県社

御祭神

岡太神社:川上御前(岡太大神)

大瀧神社:國常立尊・伊弉諾尊

神事 / 祭り

春の例大祭(神と紙のまつり):5月3〜5日

秋の例大祭:10月11〜13日

式年大祭(御開帳):33年に一度(次回 2039年)

御神忌の大祭:50年に一度(次回 2068年)

御朱印
アクセス

 車の場合 

北陸自動車道「武生IC」から5.5km 約10分

経路を確認

公共交通機関の場合

JRハピラインふくい線「武生駅」から福鉄バス南越線「和紙の里」下車徒歩約10分

経路を確認

駐車場 無料駐車場数台あり
社務所/授与所 要確認 ※御朱印は「パピルス館」にて配布
電話番号 0778-42-1151
公式HP なし
神紋


岡太神社

三つ葉葵紋


大瀧神社

五三桐紋


境内社

ー 奥の院 岡太神社 ー

御祭神

川上御前(岡太大神)

ー 奥の院 大瀧神社 ー

御祭神

國常立尊・伊弉諾尊

ー 奥の院 八幡社 ー

御祭神

誉田別命

ー 金保神社 ー

御祭神

不明

ー 巌乃神社 ー

御祭神

足羽ダム建設時 沈んだ村の氏神